球日記8:ビリヤードの難しさ

中学生の頃、俺は画面の前で唱えていた。

ネキを出せば次に繋がる。絶対いける。そう信じて撞く。

信じすぎてもだめだし、信じなきゃだめ。

深く考える必要はない。

気楽に。でも、真剣に。

27になった今でも、何かあると唱える。

経験上、球と真正面から向き合えている時というのは、

ビリヤードをしていて心が落ち着くことは無かった。

それが自分の今の答えであり、きっと変わることはないと思う。

ただ、向き合えていないとき。または、妥協しているとき。

そんなときは、心が落ち着くことがあった。

英語では妥協点のことをhappy mediumなんて表現するが、

果たして良い妥協というのはあるのだろうか。

どうしてもそこになにか欠落があると感じて踏みとどまってしまう。

例えば賭け球を挑まれて本当は嫌だがお願いしますということなのか、

もしくはもっと狙い定めたいけど相手の場代を気にして早めに撞くことなのか、

もしくは俗に言うフロックを失礼しましたと詫びることなのか。

上記のような意見が分かれる事柄に対してどう対応していくか。

結果を持っていれば許されることも、結果がなければ相手の怒りを買うことがある。

当たり前と言えば当たり前だが。

 

 

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